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「ウルトラQ」誕生の経緯


「ウルトラQ」は、TBSが“特撮の神様”と呼ばれていた円谷英二が設立したばかりの円谷特技プロダクションに制作を発注した特撮テレビ映画である。東宝で空想特撮映画の特殊撮影を専門にして「ゴジラ」をはじめ数々の作品に携わっていた円谷英二にとって最初のテレビ作品となった。しかし、「ウルトラQ」の制作が決定するまでには、いくつかの紆余曲折があったのである。

誕生までの経緯

TBSが、円谷プロ(当時は、円谷特技プロダクション)に特撮テレビ映画の制作について打診したのは、昭和38年(1963年)6月ごろと言われている。円谷プロは、その頃、フジテレビの特撮テレビ映画「WOO」の企画に取り組んでいた。それ以降、円谷プロでは、ふたつの企画が同時に進行していくことになる。ところが、昭和39年(1964年)春にフジテレビの「WOO」が、契約上のトラブルから暗礁に乗り上げ、TBSがオプチカルプリンタと呼ばれる光学合成機の購入したことを機にTBSで進められていた企画「UNBALANCE」の制作が急遽決定したと言われている。昭和39年(1964年)9月27日 日曜日の朝、皇居のお堀端でクランクインした「UNBALANCE」は、TBSの意向によってSF怪奇路線から怪獣路線へと軌道修正され、タイトルも「ウルトラQ」に変更された。

フジテレビとTBSが、円谷英二に番組の制作を依頼した背景には、それぞれのテレビ局に円谷英二の長男・一(TBS)と次男・皐(フジ)に在籍してことがある。それぞれの局が円谷英二にテレビ映画の制作を打診した最初の説得は、息子たちが大きな役割を果たしたとみられる。TBSで放送された「現代の主役」には、一が、英二にこれからのテレビ映画の重要性を説明しているシーンが映し出されている。

「円谷英二 日本映画界に残した遺産/小学館刊」によると円谷英二がテレビ作品を作るという話は、円谷プロと東宝からTBSに持ち込まれた話だったと紹介されている。

「ウルトラの揺り籠〜実録ウルトラQウルトラマン誕生秘話〜/デジタルウルトラプロジェクト」の中で当時、TBS映画部部長だった津川溶々によると「ウルトラQ」の元となるプランを津川が書き、東宝に渡したと語っている。

「ウルトラの揺り籠〜実録ウルトラQウルトラマン誕生秘話〜/デジタルウルトラプロジェクト」の中で「ウルトラQ」の最初期の作品を監督した梶田興治によるとTBSが購入を決めたオプチカルプリンタを活用するための企画として「UNBALANCE」という企画を作って提案したと語っている。

上記の3つの証言から「ウルトラQ」の制作については、円谷プロが積極的にTBSに企画を売り込んだことが窺える。

円谷プロの概要
「WOO」の概要
「UNBALANCE」の概要


2015-1-8更新
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